【高橋政明のマックTalk】連載第15回:Macworldの思い出

※ この記事は、ゲストライターの高橋政明氏(有限会社 快技庵)が執筆したものです。
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札幌の高橋政明です。
ちょっと古い情報で恐縮ですが、10月に『IDG World Expo:Macworld/iWorld 2015を開催しないと発表』のニュースがありました。
雑誌のMacworldについては第12回:Macintosh専門誌・興亡の記憶で書きましたが、今回はイベントの方です。

Macworld

「Macworld Conference & Expo」(通称:Macworld Expo)と言えばMac関係者にはおなじみのイベントでした。
Macworld – iWorld – Wikipedia

日本でも1990年以降幕張メッセで『マックワールド・エキスポ東京』の名称で開かれていました。
私は1991年の幕張でのエキスポに、出展者として参加したのが印象に残っています。
原稿用紙ワープロ『たまづさ』のプロトタイプを発表しました。

たまづさ
(たまづさのパッケージ 撮影に失敗し一部が写っていません)

手応えのある反響をいただき、そのとき見に来てくれたお客さんで今もメールでのやり取りが続いている方もいます。
出展者は大変ですが、プログラマとしては直接ユーザーとお話できる貴重な機会で、充実していました。
もう二十年以上も前ですね、残念ながら写真(当時はフィルムのカメラ)を見つけることができませんでした。
最初の頃は幕張にホテルがなく、舞浜のホテルから毎日通っていました。

同じく1991年夏には、ボストンのMacworld Expoにつれて行ってもらいました。
視察ってやつですね、仕事です。
日本からMacworld Expoボストン視察ツアーがあったと記憶しています。
海外旅行初体験で、英会話がからきしだめな事を再認識しました(笑)。

日本の『マックワールド・エキスポ東京』がなくなっても、しばらくはサンフランシスコで1月に開催されていました。
関係者は1月のエキスポでサンフランシスコに行く人と、5月のWWDCに行く人、両方行く人もいました(笑)

Appleが出展しないことで注目度がさがり、出展者側もコストパフォーマンスにシビアになり、イベントとしてのエキスポはフェードアウトしました。
エキスポ出展にお金がかかり過ぎるようになったことと、ネットで情報が得られるようになった影響がやはり大きいと、マイクロ企業なりに感じています。

Macworldエキスポがなくなったのは残念ですが、日本では各地でAUGMのイベントが開催され、エキスポとはまた違った盛り上がりをみせているようですね。

【著者プロフィール】
〈高橋政明〉
快技庵でiOSアプリを開発する札幌在住の開発者。NPO法人MOSA理事。
1985年にMacintosh 512Kカナバージョンを入手、それからMacのプログラム開発をはじめ今日に至る。
68000からPower PC、PowerPCからインテルと二度のCPU変更を経験したMacプログラマ、現在はiOSの開発が中心です。
Macが登場して三十周年で昔話ネタならたくさんあります(笑)。

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